近代社会思想コレクション09
市民法理論

ランゲ/大津真作 訳

四六上製・808頁・税込 6,048円
ISBN: 9784876985951
発行年月: 2013/01
在庫あり

内容

わが国ではランゲはバスティーユ投獄の体験記やギロチンによる処刑で知られているが、啓蒙主義の時代に先駆的な社会理論を展開した。本書はアンシアン・レジーム末期のフランスの暗い現実を背景にして書かれ、第三階級を飛び越えて、第四階級すなわち貧困な労働者の利益を主張して、後代の社会主義思想に甚大な影響をあたえた。

目次

序 論

第一篇 法律の効用について

第一章 人間はなぜ法律を必要とするか
第二章 法律が定める目的
第三章 法律が産み出す善と悪
第四章 人類の繁殖にとって法律と社会は有利であるか
第五章 法律は人口に有利に働くと思われているにもかかわらず、法律を用いることそれ自体によって、社会一般がどれほど人口に不利に働くか
第六章 同じ主題の続き。排他的所有権に支えられている奢侈、したがって法律にもとづく奢侈はどれほど人口に逆行するものであるか
第七章 同じ主題の続き。人口に逆行するさらなる不都合の数々が法律と社会から生ずる
第八章 本篇の結論

第二篇 法律の起源について

第一章 社会が法律を産み出したのであって、法律が社会を産み出したわけではないこと
第二章 ド・モンテスキュー院長閣下は社会の起源をまったく説明していなかったということ
第三章 プーフェンドルフが社会の起源について与える説明のなかにも、彼がその根拠としている推論のなかにも、同じほど思い違いがあったこと
第四章 同じ主題の続き。社会の形成を引き起こしたのは、その方が自分を守りやすくなるという希望が生まれたからではないということ
第五章 農業が社会を生んだのではないということ
第六章 法律を生んだのは農業でもないということ
第七章 狩猟民のあいだでこそ社会が最初に姿を現わしたに違いなかったこと
第八章 暴力こそが真の社会を生まれさせることができたということ、そしてそのきっかけはなんであったか
第九章 真の社会は牧畜民もしくは農耕民を犠牲にして形成され、彼らの隷属を基礎として打ち立てられたということ 
第一〇章 人類の一部に対するこの格下げは、社会を生じさせたあとで、いかにして法律を産んだか
第一一章 先の諸章で言われたことを弁明する
第一二章 これまでに詳論した原理にド・モンテスキュー院長閣下は反証しなかったこと
第一三章 古代諸法の厳格さから、先の事柄をもう一度証明する
第一四章 本篇の要約と結論

第三篇 婚姻に関係した法律の発展について

第一章 結婚とその公共的制度について
第二章 所有精神は、いかにして結婚を、女性にとって、まぎれもない隷属に仕立てあげたのか
第三章 女性の民法的隷属は、ド・モンテスキュー院長閣下が信じたように、専制主義の帰結ではまったくないこと、それとは反対のことさえ言いうること
第四章 多妻または多夫制について。それはド・モンテスキュー院長閣下が言ったような、風土の結果ではまったくないこと
第五章 同じ主題の続き。一夫多妻制は所有精神の結果であること
第六章 風土とは無関係な別の諸原因が所有精神と協力して、一夫多妻制の導入をうながすことができた
第七章 複数の妻を持つことが男たちに許されることがありえたとしたら、複数の夫を持つことが女たちに許されることなどけっしてありえなかったこと
第八章 同じ主題の続き。『法の精神』に見いだされる、信じられるどころか、それ以上に眉をひそめてしまう別の引用
第九章 一夫多妻制それ自体について。そして古代人において、一夫多妻制は人口に有益であったか、それを害するものであったか
第一〇章 一夫多妻制が女性の強制的閉じこめを必要とするのは、本当かどうか。そして、みずからすすんで、彼女らがその状態に耐えるように、彼女らを導くことはできないものであるかどうか
第一一章 離婚または離縁。それが所有精神の結果でもあること
第一二章 離婚は一夫多妻制とほとんど同じほどに、女性の自由を害するものであったこと
第一三章 先に述べたことと矛盾するかに見えるエジプト人の風習と言われているものを検討する
第一四章 離婚にはいくつかの修正が加えられたが、その趣旨が無に帰すことはなかった
第一五章 離婚を引き起こす自由が妻たちに認められることに対して最初に設けられた障害
第一六章 同じ主題の続き。離婚を引き起こす自由が妻たちに認められることに対して二番目に設けられた障害
第一七章 同じ主題の続き。離婚を引き起こす自由が妻たちに認められることに対して三番目に設けられた障害
第一八章 離婚は、それ自体として人口にとって有益だったのか、それとも危険だったのか
第一九章 自分の好きなときに離婚することができるのだという期待感は、結婚における結合を害するものであったかどうか
第二〇章 一夜夫について。離婚に関するマホメットの戒律のあの奇妙な条項について推測する
第二一章 離婚と離縁という言葉は、『法の精神』がそれらに与える意味においては、違う事柄を意味しているのかどうか
第二二章 姦通について。原初の時代には、まさに所有精神の帰結として、姦通はきわめて厳格に罰せられたこと
第二三章 同じ主題の続き。前章で提出された事柄の新たなる証明
第二四章 いままでのところで確立された所有権の原理に、宗教がどこかの国では背いたというのは嘘であり、宗教が結婚において不貞を容認したというのも嘘であること
第二五章 同じ主題の続き。これらのふしだらが本当のことであり、許されたとしたら、それは、どのような混乱を市民社会にもたらすことになったに相違ないか
第二六章 本篇の結論

第四篇 家庭内秩序と相続または遺言による財産移譲に関係した法律の発展について

第一章 社会の始まりにおいては、父親は、子供に対する無制限な権力を享受していたこと
第二章 子供に対する父親の権力に関して、何人もの著者の体系は互いに矛盾している
第三章 同じ主題の続き。子供に対する父親の権力は、彼らの子供に生命を与えることに根拠を置くものではないこと 
第四章 まずは、母親に対する子供の従属を根拠づけることができるのは、教育の配慮ではないこと
第五章 同じ主題の続き。子供に対する父親の権力は、教育にもとづくものでもあり得なかったこと
第六章 同じ主題の続き。この問題に関するプーフェンドルフの一番目の勘違い
第七章 同じ主題の続き。この問題に関するプーフェンドルフの二番目の勘違い
第八章 同じ主題の続き。先に述べたことに関する説明と本篇、第三、四、五章の弁明
第九章 所有精神が父親に子供に対する無制限な権力を授けた真の原因であること
第一〇章 同じ主題の続き。この権利はいとも簡単に確立されたに違いなかったこと、そして、それは社会の原理そのもの、すなわち排他的所有にもとづいて打ち立てられていたこと
第一一章 法律とは無関係に、社会状態そのものが父親に対する子供の無制限な絶対的服従を必要ならしめていたこと 
第一二章 無限定な父権は家族のなかで平和を維持するために必要であったこと
第一三章 話題にしたばかりの権力を妻たちに渡すことはできなかったこと
第一四章 同じ主題の続き。この問題に関してのホッブズの誤謬に対する反駁
第一五章 同じ主題の続き。この問題に関するロックの原理を検討する
第一六章 父権は限界を持たないにもかかわらず、思いのほか穏やかなものであったこと
第一七章 父親のあとを子供が継ぐことを認めた排他的権利は、子供に強制されてきた従属に対する代償であったこと 
第一八章 前章に含まれることを証明する証拠。父親の家にいない子供たちはその相続にあずからないこと
第一九章 同じ主題の続き。新たな証拠で、子供たちが不在であれば、父親の相続からは除外されたという結果を導き出す
第二〇章 同じ主題の続き。子供がない場合でも、傍系血族は相続に呼び戻されなかったこと
第二一章 デュアルド神父が引用するタタール人の法律および『法の精神(エスプリ)』の著者が精髄(エスプリ)を見落としたアジアの慣習法について説明する
第二二章 同じ主題の続き。右記の慣習法について語るとき、ド・モンテスキュー氏はどれほど思い違いをしてきたか 
第二三章 遺言について。遺言のならわしは長いあいだ知られなかったと信じる理由
第二四章 遺言は所有精神の産物であること
第二五章 所有者に認められた遺言の権利を正当化するために、ライプニッツが持ち出した滑稽な理由
第二六章 遺言する権利は、父権のように、その効果において無制限であったこと
第二七章 遺言する権利に関係したアテナイとローマの法律について、ド・モンテスキュー氏の意見を検討する
第二八章 父親の権力の弱体化の原因は、夫の権力の減退の原因と同じものであること
第二九章 共和制が堕落しない限り、どうして父権は共和制のなかで維持されるのか
第三〇章 どうして専制主義が発展すると、必然的に父権の破壊をもたらすのか
第三一章 アジアの慣習法では、専制主義と父権が同等に現在も効力があると信じられているが、そのような慣習法は確立したばかりの諸原理と相矛盾するかどうか
第三二章 本篇の結論

第五篇 奴隷に対する主人の権力に関する法律の発展について

第一章 奴隷制について。奴隷制とはなにか
第二章 家僕制の起源について。プーフェンドルフらが推定する家僕制の起源は間違いである
第三章 奴隷制の起源に関するド・モンテスキュー氏の意見を検討する
第四章 奴隷制の真の起源について、そしてその後、それをはびこらせた諸原因について
第五章 出生から生じる奴隷制について。奴隷制はそれ自体として不正であるというのは、本当であるかどうか
第六章 同じ主題の続き。世襲的な隷属は子供自身にとっては有益であり、父権とは別のところから生じること
第七章 同じ主題の続き。世襲的な隷属は、奴隷の子供たちがもし自由であれば、彼らの側からの危険を社会が恐れなければならなくなるので、これらの危険から、社会を守っている点で、社会にとっても好ましいものでありさえすること 
第八章 隷属一般に反対する哲学者たちの大演説から、考えなければならないことについて
第九章 戦争によって引き起こされる奴隷権について
第一〇章 戦争が産み出す隷属に関して判決をくだすために検討すべきなのは、戦争それ自体の正義あるいは不正義ではまったくないこと
第一一章 ひとたび戦争をする権利が認められると、勝利者は、彼らの捕虜を釈放することにも、保護することにも、極端に慎重さを欠くこと
第一二章 同じ主題の続き。勝利者を安心させることができる唯一の手段は奴隷制であること。奴隷制は、勝利者の手中に落ちた敵の命を助けてやるように、勝利者に勧めることができる唯一の理由であること
第一三章 この主題についての反論に対する第一の回答
第一四章 同じ主題についての反論に対する第二の回答
第一五章 奴隷になった戦争捕虜は、彼の主人に対して、どのような種類の約束に従わされるのか。この点に関するホッブズとプーフェンドルフの奇妙な推論
第一六章 奴隷は、奴隷主に対して、なにを、どのようにして義務づけられていると言い得るのか
第一七章 先の諸章で展開された原理に関する考察
第一八章 債務奴隷制について。正義と人道はそれを否認すること
第一九章 弁済不能な債務者を立法者たちが奴隷身分に落したときに、彼らが根拠としたこと
第二〇章 弁済不能な債務者の奴隷制は、一般に受けいれられてきたこと。この点に関するローマ法の恐るべき野蛮さ 
第二一章 弁済不能性に対して言い渡された奴隷制は、社会的効用を持っていたこと
第二二章 われわれのところでの身体拘束は、弁済不能を理由にした奴隷制に当たること
第二三章 債務者に関する債務投獄の危険
第二四章 債権者に関する債務投獄の不都合
第二五章 弁済不能を理由にした奴隷制は、投獄よりもはるかに道理にかない、はるかに有益であったこと
第二六章 弁済不能な債務者に対して身体拘束を可能にする法律を修正することによって、法律の緩和がもくろまれてきたが、この修正には不都合な点があること
第二七章 同じ主題の続き。弁済不能な債務者に対して身体拘束を宣告する法律にもたらされた、同じようにむなしい別の修正
第二八章 同じ主題の続き。身体拘束の法律にもたらされた、同じようにほとんど効果がない第三の修正
第二九章 奴隷制の廃止について。それは社会にとって一般に善であるかどうか。この主題に関するド・モンテスキュー氏の意見を検討する
第三〇章 奴隷制は奉公人制度よりも残酷であることは本当であるかどうか
第三一章 奴隷制は奉公人制度よりも、人口に有利であり、あらゆる意味において有益であること
第三二章 奴隷制を廃止させたのはキリスト教ではまったくないこと
第三三章 ヨーロッパにおいて奴隷制を廃止させた本当の理由
第三四章 本篇の結論

解 説
索 引

プロフィール

大津 真作(おおつ しんさく)
 1945年 大阪府に生まれる
 1972年 東京都立大学人文科学研究科仏文学修士課程終了
 1980年 甲南大学文学部助教授
 現在 甲南大学文学部教授
 専門はヨーロッパ社会思想史

主な著訳書
 著書は『啓蒙主義の辺境への旅』(世界思想社)、『市民社会思想史㈵〜㈼』(高文堂出版社)、『理性と愛』(高文堂出版社)、『倫理の大転換』(行路社)、『思考の自由とはなにか』(晃洋書房)。訳書として、ヴェーヌ『歴史をどう書くか』、ヴェーヌ『ギリシア人は神話を信じたか』、レーナル『両インド史 東インド篇上・下』(以上、法政大学出版局)、フュレ『フランス革命を考える』、ピーター・バーク『フランス歴史学革命』(以上、岩波書店)、ジャルダン『トクヴィル伝』(晶文社)がある。